50代になって、まさかの無職になった。
「まさか」なんて言いつつ、自分で決めて、自分の足でその職場を去ったのだけれど。
最近、ニュースサイトやSNSでもよく見かける「50代の働き方」とか「職場の世代ギャップ」という文字。まさか自分が、その当事者としてここまで深く悩むことになるとは思ってもみなかった。
職場でいわゆる「ベテラン」と呼ばれる位置にいると、今の現役世代、特に若い人たちの仕事の仕方に圧倒されることがよくある。正直、めちゃくちゃポテンシャルが高い。仕事を捌くスピードも、新しいことを吸収する速さも・・・
自分が若かった頃とは比べものにならないくらい優秀だと思うよ。
でも、何かが足りない。
何かが決定的に違っていて、心がざわざわする。
基本や基礎をすっ飛ばして結果だけを求めているように見えてしまうのよ。
誤解してほしくないけど、昭和世代のあの理不尽な働き方を今の時代に再現しよう、なんてつもりは1ミリもない。そんな昔話をしてもウザがられるだけだと分かっているから、口を挟むのもなるべく避けてきた。
けど、
「ここで仕事を止めちゃったら、次に引き継ぐ人がしんどくなるから、ここまではやっておこう」という、私たちが当たり前に体に染み込ませてきた配慮すら、今の職場では言葉にできなくなってしまった。
それは「要領がいい」と言えば聞こえはいいのかもしれない。
でも、その要領の良さの裏で、誰かが割を食っている。確実に、誰かにしわ寄せがいっている。なんだか、昔よりもギスギスした格差が増えたような気がして、薄ら寒い気持ちになる。
私たちの年代って、もう自分が主役としてバリバリ稼ぐというよりは、次の世代への「引き継ぎ」がメインの役割だと思っていた。
だから自分なりに動いて、説明して、パスを渡そうとした。
けど、驚くほど何も伝わらない。届かない。
必要とされていないなら、ここにいる意味はあるのだろうか。
「嫌なら辞めれば?」という、今の時代の冷徹な空気感に背中を押されるようにして、私は身を引いた。
ただのありきたりな愚痴かもしれない。
誰も悪くない、ただの時代の変化と言われればそれまでだ。
だけど、ポッカリと空いた時間の中で、焦りや不安がないと言えば嘘になる。
それでも、自分の信じてきた「丁寧さ」や「基本」を曲げてまで、あの場所にしがみつくことはできなかった。それもまた、私のリアルな本音だ。
さてさて。
すっかり愚痴っぽくなってしまったけど・・・
まだそれなりに長い人生、次の一手を考えないといけないね。
まずは温かいお茶でも飲んで、少しだけ息を整えよう