「いつか使う」で5年以上動いていない物たち

物の持ち方・片付け

家の中を見渡していて、ふと気づくことがあります。
動いていない物が、思った以上に多い。

使っていない。
でも、捨ててもいない。
ただそこに、ずっと居る

理由を考え始めると、どれも似たようなものです。
結局、「捨てられない理由」は、だいたい同じ。

・まだ使える
・高かった
・いつか必要になるかもしれない

この「いつか」が、なかなか来ないんですよね。

5年以上、静止したままの物たち

私の家にもあります。

押し入れの奥にある、電動工具。
DIYに挑戦しようとして買ったものです。

一度だけ使いました。
その一度で満足しました。

それから5年以上、
この工具は新品に近い顔で眠っています。

バッテリーはどうなっているのか。
もう動くのかどうかも分かりません。

たぶん今使おうとしたら、
説明書を読むところから始まります。

使う前に、すでにMPが削られるやつです。

「いつか」は、意外と具体的じゃない

不思議なのは、
「いつか使う」と言いながら、
その“いつか”がまったく想像できていないこと。

・どんな場面で
・何のために
・どのくらいの頻度で

考えていない。

考えていないけど、
「捨てるのは早い気がする」。

この感覚、かなり強い。

体験談:着なかった服は、思い出だけ濃い

服もそうです。

少し良いコート。
流行りからは外れているけど、
生地はまだしっかりしている。

「これを着る年も、また来るはず」

そう思って、
毎年クローゼットの奥へスライド。

結果、
5年以上、袖を通していません。

でも、買った日のことはよく覚えています。
試着室の照明。
「これなら長く着られる」という自分の声。

物より、思い出の方が現役なんですよね。

節約のつもりが、逆になっていた話

「捨てない=節約」
そう思っていました。

でも、よく考えると違いました。

・収納ケースを買った
・場所を取っている
・管理の手間がかかる

しかも、
「もうあるから買わない」ではなく、
「どこにあるか分からなくて、また買う」。

これ、何度かやっています。

節約どころか、
静かにお金が減るパターンでした。

この感覚、物だけじゃありませんでした。
「もったいないから」と続けていた習慣や契約も、
見直してみると、同じように静かにお金を減らしていたことがあります。

👉 50代で一度リセットした、定期契約の話
👉 ポイントに振り回されなくなった買い物の考え方

「使う前提」で残っている物は、だいたい使わない

本当に使う物って、
説明がいらないんですよね。

出せば使える。
考えなくても動く。

逆に、

・使い方を思い出す必要がある
・準備が面倒
・気合がいる

こういう物は、
ほぼ「いつか」の住人です。

見直すときに、ひとつだけ考えたこと

全部捨てる、はしていません。

代わりに考えたのは、これだけ。

「今の自分が、これを使う可能性はあるか」

過去の自分ではなく。
理想の自分でもなく。

今の生活。
今の体力。
今の気分。

ここで「うーん」となる物は、
たぶんこの先も動きません。

捨てたら、少しだけ楽になった

いくつか手放しました。

正直、
後悔はしていません。

むしろ、

・探し物が減った
・収納が軽くなった
・判断する回数が減った

これが大きかった。

家の中の物が減ると、
頭の中のザワつきも減ります。

掃除で言えば、
「ここ、何が入ってたっけ?」
という場所が減る感じです。

残した物にも、ちゃんと理由がある

全部が悪者じゃありません。

防災用品。
季節家電。
年に一度しか使わないけど、
「その時」がはっきりしている物。

こういう物は、
ちゃんと意味があります。

問題なのは、
出番が曖昧なまま年だけ重ねている物

「いつか使う」は、セーブポイントみたいなもの

「いつか使う」って、
安心できる言葉です。

今、決断しなくていい。
今日は考えなくていい。

いわば、
暮らしの中のセーブポイント。

でも、
セーブばかりして進まないと、
レベルは上がりません。

動かない物が多いと、
家も気持ちも重くなります。

少しだけ、問い直してみる

次に収納を開けたとき、
ひとつだけ問いかけてみるのもいいかもしれません。

「これ、今日の自分は使う?」

答えが「たぶん使わない」なら、
それはもう十分、役目を果たした物かもしれません。

全部は無理でも、
ひとつ減るだけで、
家はちゃんと軽くなります。

そんな小さな変化で、
今日は十分だと思います。

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